邦画

『窮鼠はチーズの夢を見る』ネタバレ感想 大伴は椅子に座って今ヶ瀬を想う。登場人物全員が苦しみを味わう物語

いや、甘くみてた。公開初日とはいえコロナ禍でもあるし平日金曜日の昼間だし、まぁ時間ギリギリに行ってもチケット取れるだろ、くらいの甘々な思考で向かった映画館、窓口のお姉さんに言われました。

「あ〜もう席ほとんど空いてないですねー…えっと…ここだけです」と言われたのは最前列の一番左。追い討ちをかけるように「けっこう見上げる形になると思いますがよろしいですか?」と、親切なのか残酷なのかよくわからないことを言われる。

 

僕は映画館では後ろ目の真ん中あたりでゆったり観るのが好きなので、ほとんど前の方の席から観たことないんですよ。それが一番前の一番左って、ちょっと想像できないぞこれ…鋭角すぎて首痛くならない…?だいじょぶ…?と不安を覚えながらも一刻も早く映画を観たい気持ちが強く、「大丈夫です」と答え、代金を支払い、戦場に向かう僕。

 

たどり着いた一番前の一番左は想像してたよりもめっちゃ鋭角に見上げる形でした。近すぎるスクリーンは巨大すぎて笑います。これはちょっとしんどいぞ…と思いながらも、いざ始まったら席なんか関係なかった。もう引きこまれるように食い入るようにスクリーンにのめり込んでる自分がいた。まずは一言で映画の感想を言います。

めちゃくちゃすごかった。

久しぶりに震える作品に出会いました。興奮してます僕。上映中にまた観に行こうと思いました。行定勲監督、大好きです、最高でした。

 

あらすじ

7 年ぶりの再会 突然の告白 運命の歯車が動き出す―
学生時代から「自分を好きになってくれる女性」と受け身の恋愛ばかりを繰り返してきた、大伴恭一。 ある日、大学の後輩・今ヶ瀬渉と7年ぶりに再会。「昔からずっと好きだった」と突然想いを告げられる。戸惑いを隠せない恭一だったが、今ヶ瀬のペースに乗せられ、ふたりは一緒に暮らすことに。 ただひたすらにまっすぐな今ヶ瀬に、恭一も少しずつ心を開いていき・・・。しかし、恭一の昔の恋人・夏生が現れ、ふたりの関係が変わり始めていく。

 

予告

9月11日(金)公開/映画『窮鼠はチーズの夢を見る』90秒予告

 

LGBT作品はわりと最近観てて、このブログにも感想を書いた作品でいうと『さよならくちびる』、『彼らが本気で編むときは、』。どちらも好きなんですけど、『さよならくちびる』は”音楽”、『彼らが本気で編むときは、』は”生き方”をメインにした作品なんですが、『窮鼠はチーズの夢を見る』に関しては徹底的に”恋”についての物語です。

 

キャッチコピーの「好きで、好きで、苦しくて、幸せ」は本当に秀逸。男が男を好きになって、相手もゲイだといいけれどそうじゃない場合に受け入れてもらえる可能性なんてどれだけなんだろうね。もしかしたら限りなくゼロに近いのかもしれない。何度もなんども苦しさを味わって、それでも好きで好きでたまらなくて、辛いのに悲しいのに一緒に居られるときに感じるのは紛うことなく幸せで。

 

タイトルの『窮鼠はチーズの夢を見る』は「窮鼠猫を噛む」のことわざからきていると思いますが、このことわざは「絶体絶命に追い詰められれば、弱い者でも強い者に逆襲ことがある」ということのたとえです。では本作のタイトルの意味は、「絶体絶命に追い詰められたとき、いちばん大好きなものを思い浮かべる」ということになるのでしょう。

そのあたりも含めて感想を綴っていこうと思います。

以下、盛大にネタバレしますのでご注意。

 

受け身の恋をしかしてこなかった大伴

29歳のサラリーマン、大伴恭一(演:大倉忠義)のクズっぷりが最初からなかなかすごい。いかにも仕事のできるタイプで、かわいい奥さんがいて、男前で、この世の全てを手に入れた感すら感じるんですけど、それがゆえにか冒頭から窮地に陥ります。7年ぶりに再会した大学時代の2つ下の後輩である今ヶ瀬(演:成田凌)から大伴の不倫調査の報告書を見せられる。いきなり窮鼠。そう、本作のタイトルである鼠はこの男のことです。ただ本当の意味で窮鼠になるのは物語のラストなので、それは後述します。

 

興信所で探偵をしていた今ヶ瀬は、「偶然にも調査を依頼してきたのが先輩の奥さんだったんで、さすがに迷ってます」なんて言いながらもうこの時点で千載一遇のチャンスと思っていたと思う。7年ずっと好きだった相手だからね、その相手の致命的な弱み握っちゃったからね。

 

焦る大伴は今ヶ瀬に寿司を奢ることで「妻には言わないでくれるよな?」と懐柔しようとするも、まさかの体の関係を迫られます。まさかすぎたやろな、ここ。そして今までまったく大伴にそのそぶりを見せてこなかった今ヶ瀬にしてみても、人生でいちばんの勇気ここで使ったんだと思う。でもここしかなかった。大伴の弱みを握れた今攻めるしか、攻略法がなかったから。

 

大伴、ホテルでキスされようとするんですけど「やっぱ無理」って本能的に拒否するんですよね。でも状況が状況だけにしぶしぶ受け入れて、でも舌で舐められたときに今ヶ瀬突き飛ばして拒否する。この時点では当然の反応だと思う。大伴は異性愛者だから当然。今ヶ瀬は「そんなことできる立場ですか」なんてこというんですけど、ただ僕思うんですけど、興信所の担当者が依頼者に報告する前に調査対象者に報告するなんてコンプラ違反もいいとこで、弱み握られてるのはお互い様なんですよね。

 

大伴も今ヶ瀬を脅せる材料はあったわけで、ただただ言いなりになるのは違うでしょ、とか思いましたけど、でもやっぱり”重み”が圧倒的に違いますね。バラされて人生終わる感強いのは大伴の方ですから。不倫で離婚は世間体的にもダメージ痛い。今ヶ瀬は職失う程度でなんとかなるしね。

浮気報告のあとでも普通に浮気するドクズっぷり

そしてこの状況で大伴は今ヶ瀬にも「妻が好きだから」「大切だから」とか言いながらも普通にまた浮気相手の部屋いってセックスしてるの、まじで完全に頭おかしい。なかなかのドクズっぷり。でもここのセックス描写、最高でした。普通におっぱい出てきてそういえばR-15だったなって思いました、大伴のおかげで女性のおっぱい見れたから一視聴者として大伴に感謝申し上げたい。

 

ただこのドクズに天誅がくだります。信頼回復のために妻に急に優しくしだすんです。週末デートに誘ってほんとは好きじゃないのに妻の趣味にあわせてホラー映画観たり、買い物につきあったり、ちょっと高そうな中華食べに行ったり。

が、ここで妻から突然別れを告げられる。妻からの告白は想像を超えてました。

 

「私と別れてください」「付き合ってる人がいるの、もう一年以上だよ…?ぜんぜん気づかなかったでしょ…?」「恭ちゃんは完璧な旦那さんなんだね、浮気でもしてたら慰謝料ふんだくれると思ったのに…

 

浮気がバレて別れを告げられたと思った大伴は、まさか妻の方も浮気していたとは露にも思わず青天の霹靂だったでしょう。しかも妻は本気パターン。自分に関心のない夫との関係なんて冷めてしまうものなのでしょうね、そして関心がないからこそ大伴も気づかなかった。

 

にしても妻こわすぎでしょ。わざわざ言わなくてもいいのに、最後悪魔化してたね。天使のような見た目から悪魔のような言葉が出てきたから僕もちょっと鳥肌たっちゃった。

シャワー浴びてるところに大伴が「ただいま」って開けた時、過敏に嫌そうな反応してたのは、最初は予想外の出来事に驚いただけだと思ってたけど本当は裸を見られることが嫌なくらい生理的に無理になってたのかもね、浮気相手に悪いから。

 

自分が浮気していた身で妻を咎めるわけにもいかない大伴はあっさり離婚します。そして少なからず傷心した中で、事情を知っていて頼りになったのは今ヶ瀬でした。

今ヶ瀬の”攻め”と大伴の”受け”

好きな人が晴れて独り身になったところで、今ヶ瀬は攻めに攻めます。引っ越し祝いといって大伴の部屋にいき、もう大胆に「僕と付き合いますか」と問う。あっさり「なんで俺が男と付き合わなくちゃいけないんだよ」と吐き捨てられますが、こんなことくらいは想定の範囲内でしょうね。大伴ももはやまんざらでもない感ありました、突然フェラされるも、あまり拒否しないし、そのままなぜか今ヶ瀬ころがりこませるし。

 

「俺はお前がそんなに好きになるほどの男じゃないよ」という大伴に対しての今ヶ瀬の言葉が好きでした。

「見た目がよくて自分に気持ちいい思いをさせてくれる完璧な人間をみんな探してると思ってるんですか。そんなわけないだろ!!」

今ヶ瀬の大伴との距離感の掴み方が完璧

今ヶ瀬の攻めのタイミングと攻め方が強いんですよね。「僕と付き合いますか」だったり「キスして?」「じゃあ耳掃除して?」だったり、普通だったら攻めすぎでは…?と思うことでも”受け身の大伴ならイケる”と判断しての攻めなんですよね。

 

大伴のパンツの匂い思っ切り嗅ぐとことか、そのあと普通にそのパンツ履いて掃除機かけてるとことか、ちょっと混乱してクラっとするレベルだったけど。でも最初は拒否感あった大伴も、一緒にいるうちに打ち解けてきてなんなら今ヶ瀬に懐いてるまである。大伴が鼠なら、今ヶ瀬はさながら猫ですよ。それもかわいい猫。

 

屋上で乳首当てゲームしてるのとか超楽しそうだったもんね。ちなみにあの乳首当てゲームは鑑賞者が「俺はいったい何を見せられてるんだ…」と思うこと請け合いなんですが、それよりも実際にあの2人のやり取りを見たおばちゃんの「え!?!?」って反応ウケましたね。そんな風にして大伴も今ヶ瀬のことちょっと気になってくるんですよ、ほっとけないというか、今ヶ瀬は迫られたら受け入れちゃう気質だから。

 

ただもちろん、このままうまくいくわけもなく。

元カノ夏生登場で心がかき乱されていく

偶然久しぶりに出会った恭一の大学の同級生であり元カノの夏生(演:さとうほなみ)によって全員の心がかき乱されていきます。印象的だったのは飲みの席。事件はいつだってアルコールが運んでくる。

久しぶりにあったはずの大伴と今ヶ瀬が一緒に住んでいた件

夏生と飲んでいたところに突然今ヶ瀬がやってきて内心超絶動揺する大伴。別に大学の先輩後輩なんだから今も会ってることくらい不思議じゃないんですが、恋愛相手として意識しだしている上に一緒に暮らしてるのもあってそしてそれが男というのもあって公にできない。今ヶ瀬は「お久しぶりです、大伴さん」なんて久しぶりの演技するからここは空気読めたね、でも今ヶ瀬は本当は大伴のスマホ盗み見て夏生とこの場所で飲むことを知った上で偶然を装ってきているので確信犯ですが。

 

で、問題は大伴の心の内ですよ。今ヶ瀬がひとりで来ているならまだしも、男と来ているんですから。「あれ…お前俺のこと好きだと言ってくるわりに男と遊んでんの…?」ってなりますよね。これは今ヶ瀬の狙い通りだったんじゃないかな。友人は友人で席に着くなり「大伴さんですよね…?今ヶ瀬がいつもあなたの話ばかりしてます」なんて言ってきて、初期の大伴だったら「今ヶ瀬気持ちわる!」ってなってたかもだけど今の今ヶ瀬気になってる大伴からしてみれば「あ、そう…やっぱり…?」とまんざらでもない感じになったはず。

 

で、トイレで今ヶ瀬に「お前携帯見ただろ!」「お前が誰といようが俺にとってはどうでもいいから」みたいなことをいう大伴。だめだこれは。もう気になって気になってしょうがない対象になってしまっている。本当にどうでもよかったら何も言いませんよ。気になってるからこそ気持ちを相手にぶつけたくなるんです。

 

そのあと夏生とは2人きりになりますが、夏生の話は適当に返しつつめちゃくちゃ酒飲む。もうやけ酒ですこれは。クールな大伴が千鳥足でべろんべろんになってた。ただここは夏生にとってはチャンスで。家に送り届けてあわよくばという下心があったと思うけど、なんと大伴の家に行ったら今ヶ瀬が出てくる。大伴は酔っ払ってて「先に帰ってたのかよ!お前あの男とどっか行ったのかと思ったぞ!!」なんていって夏生の存在を完全に忘れている。

 

この時の夏生の心中をお察しします。

「え、なんで今ヶ瀬いんの…?」

「いや大伴も先に帰ってたのかよとか言ってるしなんで」

「え一緒に住んでるってこと待って理解ついていかないどうしよ」

「え、ちょ、は…?え、…は?」

と、夏生史上最大の大混乱だったはずです。

 

このときの今ヶ瀬の余裕みのあるしたたかさもよかったですね。「夏生先輩もあがっていきます?」とか自分がここにいるのさも当たり前みたくいうし。夏生は大混乱の最中なので、頭の中は「いやお前さっき大伴にお久しぶりです言ってたやんなんでおるん…?」となってます。

そして第二の事件に続くのです。

選べないの? 女と男だよ?

今ヶ瀬は自前の感の鋭さとスマホ盗み見による情報収拾によって夏生が再び大伴を狙っていることを察します。そして夏生を呼び出すのです。またあの飲み屋です。事件はいつもあの飲み屋で怒るのです。

殺し屋のような今ヶ瀬と、返り討ちにしてやる気満々の夏生。

 

今「身を引いてください」「やっとここまでこじつけたんです」

夏「ここまでよく頑張ったね。本当にお疲れ様」「恭一は流されていく鼠なのよ。このまま溺れさせるわけにはいかないの」

今「ドブ」

夏「ドブ」

 

夏生は今ヶ瀬のことをドブ扱いし、一触触発の場面。そこに大伴がやってきて、さぁ役者は揃いました。

大伴が今ヶ瀬と同じカールスバーグを頼んだことで「ハハッ」と勝者のように笑う今ヶ瀬の挑発に、夏生は「今日どっちをお持ち帰りするつもりなのか、答えてよ」とど直球の攻撃です。続けて「選べないの? 女と男だよ?」と、自身のプライドをかけた秘技を繰り出します。

 

でもこれは夏生の心情からしたら、もう心の底からの質問で。かつての恋人であり、つい最近まで結婚もしていた大伴が、なぜ今ヶ瀬のことを気になってるのか完全に理解できないんです。もちろんLGBTのことだってうっすら理解はしているけれど、大伴はそういう人間じゃない。だから当然今ヶ瀬じゃなくて私を選ぶはず。相手が女なら迷うのもわかる。でも女と男だったら、女の私を選んで当然じゃない。 こんな気持ちです、夏生。

 

そして大伴は答えます。「俺は、お前を選ぶわけにはいかないよ。わかるだろ…?」

このとき、「…はい」と目をみて絞り出すように答えた今ヶ瀬の気持ちを考えたら苦しすぎる。せっかくここまで自分に気を引いたのに、夏生という敵を目の前にして、ズタズタに引き裂かれるような言葉を受けました。夏生はもう用は済んだ、と言わんばかりに「行こ?」と会計札をもって立ち去る。

 

当然のようにホテルに行きますが、大伴は夏生とセックスできませんでした。

「あいつを傷つけたくなくて、どうしてこんな気持ちでいるのかわかんないんだよ」と大伴は言い訳のようにいいます。「それが勃たない言い訳のつもり?」と夏生は呆れと怒りがごちゃ混ぜになった感情でもう会わないことを告げ、去ります。大伴は言葉と裏腹に、心は夏生じゃなくて、もう今ヶ瀬だったんです。

去り際、夏生は「人を好きになったことあるの?」と流され侍に対し痛烈な一言を放ちます。いつも受け身だった大伴の恋愛、一度も積極的に動いたことがなかったからね。

 

その後、傷心の今ヶ瀬は「俺と寝てください」「ここで寝てくれなかったらもう会いません」とヤケ(少なくても勝算があると踏んでだと思うけど)攻めをします。そしてこれを受け入れちゃう大伴です。今まではキス、フェラの関係だったけど、完全に体の関係になるんです。

ローションかけて挿れやすくするあたりとかリアルでしたね、これ大倉も成田凌もフル裸での演技らしいんで、もう脱帽ものです。

 

晴れてセックスした2人ですが、でも大伴は元来ゲイではありません。もともと女が好きなんです。本能は女を求めます。夏生が退場し、頭角を出してくるのが大伴の部下である岡村たまきです。

岡村たまきが全男の理想を詰め込んだかわいさ

大伴に惚れている岡村たまき(演:吉田志織)がマジで超絶かわいすぎて死にます。仕事も健気にがんばっていて、疲れている大伴にこれ飲んでください!とメモ貼ってドリンク机に置いてたり、大伴の「知り合いに誕生年のワインをプレゼントしたいけどワイン詳しくないかな?」という無茶振りに対しても「友人に聞いてリストアップします!」と業務外のことも含めて大伴に尽くす。

 

大伴に会えるためであれば休日にも関わらず繰り出すし、ただまさか誰かと一緒にいるとは思わずおそらく2人で食べたかったであろうチーズケーキを「ご友人と一緒に食べてください」とプレゼントする。健気。かわいい。

 

そして実は常務の娘(常務は妻子がいる中で、内縁の妻との間に子供をもうけた。それがたまき)だったことも発覚し、常務からは「娘は君の話ばかりするんだよ」とたまきの気持ちも知る中で、常務が突然死んでしまう。

 

この展開はびびった。死んだ理由がまったく描かれないけど、そこは物語的には重要ではないので。婚外子であり会社の末端の人間であるたまきは通夜の場所で泣くわけにはいかないと、ただ雨に打たれながら悲しみにくれる。それを優しい大伴がほっとけるはずもなく、2人は急速に距離を縮めます。

夜明けの海で、2人は別れる、あの哀愁さ

喪服についていたファンデーションや、携帯のやり取りからたまきとのことを察した今ヶ瀬はまるで恋人が浮気したかのように自暴自棄になります。

「あんたじゃだめだ。あんたは俺じゃだめだし」という今ヶ瀬に対し、もともと異性愛者の大伴は「そうだな」と認めます。今ヶ瀬はそうじゃないと否定して欲しかった。でもいつかはこの関係が終わることがわかっていたんだと思う。

 

別れを決めた2人は、最後に海にドライブにいきます。お互いに次の相手はこういう人がいいよと言い合いながら。今ヶ瀬は大伴に「次はじっくりコトコト料理するようなタイプ」、逆に大伴は今ヶ瀬に「次は情の深いタイプ」といって。

夜明けの海で、今ヶ瀬は大伴のことを「あんたは愛してくる女に弱いけど、近づいてくる相手の気持ちを信用できずにただ嗅ぎ回るだけ」と分析し、「こんなやつ大嫌いなんだけどな」と吐き捨てます。でも好きになった。だからいうんです。

「心底惚れるって、すべてにおいてその人だけが例外になっちゃう、ってことなんですね」

最後まで切ない。あの哀愁はたまりませんでした。

2人は別れ、大伴はたまきと婚約します。

それでも大伴は今ヶ瀬を忘れられないで引きずる

ただでさえ健気でかわいすぎるたまきなんですが、付き合い始めてからはそのかわいさが殺人レベルに達します。

これはマジでやばい。かわいすぎる。彼の大きめのパーカー”だけ”きてるこの状態を人は神と呼びます。理想と夢の塊。ショートカット、そして前の恋人(本当は恋人になったわけではなかったけど)のことを気にしてそれとなく灰皿のことを聞いてみたり、踏み込み過ぎたと思えば「ごめんなさい、でも前の人とのことを私は繰り返したくないなって」フォローしたり。気遣いの塊なんですよ、たまきは。

でも大伴はことあるごとに今ヶ瀬のことを思い出してしまい、なんなら今付き合っているたまきに普通に今ヶ瀬との思い出を話したり、「俺は幸せだったんだけどね」って言ったりするのはもうアウト。まぁそこらへんは疎い大伴です。夏生と付き合ってる時だって、その前の恋人がくれたピンクのジッポライターを普通に使ってる奴ですから。そしてそのライターが回り回って今ヶ瀬が使うようになって、キッチンにあったそれを見つけたたまきの心を大きく動揺させることになってしまいましたね。

 

たまきが座るスペース少なすぎるあの幾何学的な椅子に座ったとき、あれは鑑賞者からしてはたまきのふとももが露わになって「もう少しで見えるのに、どうか見せてくれ…」と肝心なところが見えない絶妙な角度にモヤモヤして楽しめる椅子でもあるんですが、あれはいつも今ヶ瀬がちょこんと座ってた椅子で。それを思い出して「おいで」とたまきを呼び寄せるんです。あれはたまきが寂しそうにしてたからじゃなくて、今ヶ瀬との思い出の椅子から当座けるためでした。

そんな風に、もう大伴の部屋には今ヶ瀬の空気が充満しています。もはや忘れられるわけがない。そしてそんな折に、今ヶ瀬が姿を見せるんです。

諦められなかった今ヶ瀬の苦悩、そして窮鼠はチーズの夢を見る

たまきに指輪を渡して、結婚を決めた大伴の前に現れた今ヶ瀬。実は別れてからもずっと大伴のことをみていました。そして邂逅した2人の決定的な会話が苦しかった。

「そばにおいてください。月一、半年に一度でいい。いう通りにするから」とすがるように、最後の希望にかけるように、懇願する今ヶ瀬を思うと苦しかった。心の底から好きな相手が結婚してもいいからどうか一緒にいたい。それだけだった。でもそれを突き放した。

「お前はもういらない」

何度もなんども苦しみを味わってきた今ヶ瀬です。最後の最後、半年に一度でいいと譲歩した頼みも粉砕され、「わかってるよ 。最初からそう言ってくれればよかったのに、出会った時から」と絞り出すように返した今ヶ瀬。もう辛い。

 

でも心の底では大伴はもう今ヶ瀬のことを想って忘れられない。ひとりでゲイバーにいって今ヶ瀬の影を追って涙するような男になりましたよ、こんな状態でたまきと幸せになれるはずもない。そして本能の体まで、もう女じゃなくて男の今ヶ瀬を欲するようになったんです。

たまきが家から去って、車の中で待っていた今ヶ瀬と体を重ねます。もう受け身の大伴じゃないです。人生で初めて攻めに転じた大伴なんです。この性描写、超絶リアルでした。今までベッドでも受け身で下だったけど、上になって、自分が身体中にキスしたり今ヶ瀬に挿れあげます。そうやって今ヶ瀬は号泣するんです。そして、大伴から離れるんです。なぜか。

ついに自分の気持ちが成就したことに対する戸惑いなのか、あるいはたまきに対する罪悪感なのか、常に受け身だったダメな大伴が好きだったのか。その全部なのかなと思います。たまきと別れることを言った大伴に今ヶ瀬は困惑してました。そこまでする必要はないと、相手を傷つけるなんてらしくないと。けしてそれをしてこなかった優しい大伴のことを今ヶ瀬は好きだったのかな。

 

翌日、大伴はたまきに別れを告げます。

「前の相手が戻ってきた。でもまたどこかに行ってしまった。今はひとりになってその人を待ちたいんだ」と。たまきが可哀想すぎる。こんなにいい子なのに、切なすぎる。

 

そして、自分をひとりに追い込んだ大伴は、窮鼠になります。そして今ヶ瀬がよく座っていたあの椅子にチョコンと座って。今ヶ瀬というチーズが帰ってきてくれることを夢見て、物語は幕を閉じます。

 

はぁ、苦しかった。切なかった。「好きで、好きで、苦しくて、幸せ」これは最終的に今ヶ瀬じゃなくて、大伴の気持ちだったのかな。

すごく心を震わされる作品でした。行定監督作品で僕は『真夜中の五分前』がいちばん好きなのだけど、『窮鼠はチーズの夢を見る』もちょっとそのレベルで好きです。あるいはこれが一番かもしれない。最高傑作だと思います。

大倉忠義のクズなのにけして憎めない優しいところ、成田凌のピュアと粘着気質と執念、これらを見事に演じきった2人の主演に拍手喝采を送りたい。

やけにおしゃれな大伴の部屋だったり、あまり映らなかったけどクラシックの塊のような今ヶ瀬のセンス溢れる部屋や車だったり、細部まで惹かれました。

大伴の部屋住んでみたすぎでしょ。

このレビュー引くほど長くなっちゃいましたが、最後まで読んでくれてありがとうございました。

▼行定監督の他の作品も素敵です。感想も書いてるのでよかったら読んでみてください。

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