『カメラを止めるな』が話題になっていたのは2018年の夏。キャッチコピーは「最後まで席を立つな。この映画は二度はじまる。」「無名の新人監督と俳優達が創ったウルトラ娯楽作」。話題になっていたがその頃の僕はさほど興味が持てず、なぜか見に行く気持ちがまったくなかった。松本人志のワイドナショーで取り上げられ、指原莉乃が「あれは最高の映画です」と熱くコメントしていたときも、僕は「ほう、そんな面白いのか」と思うものの映画館に足を運ぶことはなかった。
2019年秋。Netflixで配信が始まって、「お、ついにあの話題作が」という気持ちでようやく僕はこの映画を観た。そして観終った今、過去の自分を殴ってやりたい気持ちでいっぱいだ。”とにかく面白いのだ”というかなり高いハードルの状態で観た、のにも関わらず、めちゃめちゃ面白かったからだ。
ゾンビ映画なのに最強のコメディ映画。悔しい。これは劇場で観ていたらもっと楽しかったろう。観客は笑わずにはいられなかったはずだ。人目を気にせず劇場が笑いに包まれる映画というのは最高に楽しい。笑いが笑いを呼ぶ。観た人は人に勧めたくなる。
予算300万円のインディーズ映画ながら、2018年の邦画興行収入ランキング7位(31.2億円)という大快挙を成し遂げた。練りに練られた脚本、一切妥協しない撮影。低予算でもここまでのヒットを生み出せすことができるというのは映画クリエイターの道標にもなったと思うし、またSNSの口コミの拡散がどれだけ影響力を持つのかというのが改めてわかった。
さて、以下ネタバレを含む。観ていない人は観てからきてください。この映画はネタバレ見ないで観た方が、何百倍も面白いので。
散りばめられた伏線と三部構成での回収
予告にもある通り、これはゾンビ映画を撮った人たちの話。ただその予告さえ見ていない僕にとっては、最初の37分のゾンビ映画が「???」だらけで終わる。とてつもない消化不良に襲われてモヤモヤする。
カメラはブレブレだし、監督もろにカメラ目線で「カメラを止めない!」って言ったけど、カメラ撮ってる人も出演してる設定なの?えっ、血ついたカメラ超拭いてますやん…誰なん…?編集してないのこれ…?
っていう、もうまんまとこの作品の策略にはまってしまう。
作品は三部構成で第一部は「ゾンビ映画を撮っている人たちが実際のゾンビに襲われる映画」で、第二部は「この映画を撮るまでの企画や顔合わせ・練習風景などの風景」、第三部で「実際に映画を撮っている様子を裏方目線で映す」というもの。第一部で不自然感を印象付け、第二部で不自然感の正体となる様々な伏線を張り、第三部ですべてを回収。
不自然感やモヤモヤを綺麗に解決させて後味スッキリに導いて、「ほっこりした!これ見て本当に良かった!」っていう爽快感に溢れるのがこの作品の素晴らしさ。
以下でネタバレのセリフや仕草をまとめてみた。
印象的なセリフ・仕草まとめ
・「お前の人生ウソばっかだから」「嘘まみれのそのツラいいかげんはーなーせーよー!」(by日暮監督)
「アドリブ入ってますね」とツッコミが入るが、本当は監督の本音が炸裂している。
「私はいいんですけど、事務所がー」「よろしくでーす」ですべてが許されてきた彼女に対し、言い放った心の声。
・「これは俺の作品だ、俺の作品だよ!」(by日暮監督)
始まる前に「中止すべきです」とウザいこと言ってきた神谷に対し、「これは君の作品なんだよ」と宥めたセリフがここで効いている。
意訳:お前の作品じゃねえぞボケがガキが口挟むな
・普通に泣いちゃってる松本逢花
監督に怒られて泣く演技、念のため目薬でいいと我儘が通っていたが、監督の本音をくらい普通に涙。しかも目薬は無意味にスタッフに差されていてシュール。
・「てめえはリハの時からグダグダグダグダ口答えばっかしやがって」(by日暮監督)
アドリブで言いたい放題の吹っ切れた日暮監督。神谷の「この作品の裏テーマは人種問題ですよね」「ゾンビは意思を持たないから斧使わないですよね」等々気取った顔でプライドの高い人格も、それもここでの「口答え」までの伏線。最高。
・「(42テイク後の休憩となり)ちょっと外の空気吸ってくるわ」(by細田)
本番前に酒飲んで本気で気持ち悪くなってふらふら状態であったことが後に判明。
・「趣味っていうか、今は護身術勉強してる」(by日暮晴美)
護身術が趣味ってなんやねんと引っかかるが、確かにがっつり勉強していた。
・「ポン!」(by日暮晴美)
あとで何回も出てくる必殺の妙技。
・「俺は部屋にこもってこの台本をひたすら書いていた!そんなある日、ネットに転がる妙な噂をちょちょちょおい!どこへ行く!?」(by日暮監督)
外に出ようとする予期せぬ行動をとる録音マンに対してのリアルちょちょちょおい!どこへ行く!?
・「ちょっとはちょっとだ!」(by山越)
軟水しか飲めない山越のために「ヤマゴエ」ペットボトルが用意されていたが、間違えて他人の硬水のペットボトルを飲んでしまったがために腹を下した悲しき人物の魂の咆哮。台本なんてかまってられない!
・「うわーやばいやばいやばい!」(by山越)
最初の映像ではゾンビに襲われた悲鳴かと思いきやうんこ漏れそうでヤバいの悲鳴だったことが判明
・「撮影は続ける!カメラは止めない!!」(by日暮監督)
テンパってカメラ目線で言い放った伝説の一言。
・「ケガはない?」「ケガはないですか?」「まずはみんなケガがない!なによりよ!」「ケガがない!よかった」「ケガがないということは本当にいいことよ」(by神谷&日暮晴美)
どんだけケガがない連発するんだって不自然感すごいけど恐怖と混乱でこうなるのもまぁ仕方ないよなと思うが山越が出てったことで繋いだアドリブだったことが判明
・「山越さんをゾンビにして戻せば14ページ7行目に戻せる!」(by日暮真央)
台本が繋げず「ケガはない」ループに陥ってカメラ止めることやむなしとなった時の起死回生の判断。機転の利いた真央のおかげで繋がったのである。
・「っしゃ!後半戦みんな集中してこ!」(by日暮真央)
才能が開花し指揮をとりだした真央。周りも「何者?」と驚く。
・「どうだ!バケモンめ!ファック!ファック!ファーーーック!!」(by日暮晴美)
役に入り込み狂気の片鱗を見せ始める晴美、山越ゾンビを一心不乱に蹴り続ける。
・「外の車に走るわよ!バケモンは私が全部ぶっ殺す!!」(by日暮晴美)
頼もしい
・山越ゾンビの血がついたカメラを拭き取るカメラマン
ありがとう見えづらかったんだよな、普通血を拭き取るところ映画に映らないからすごいよな。
・山之内ゾンビ(笠原君)と松本逢花の戦いによる衝突でノックダウンしたカメラマン
しばらく下からのアングル撮影になって何が起きてるんだと思いきや急に復活する。
・「うわ!なにこれダサかっけー。カメラマン変わった?」(by日暮真央)
千夏を追いかけていたカメラが突如180度反転して追いかけてくるゾンビを映す。カメラワークが不自然。だがそれも演出だから凄い。
・「色々どうなってるんですか。親父にもぶたれたことないんだ!」(by神谷)
その直後に日暮晴美に思いきり殴り倒される神谷。
・「聞こえてんのかさっさといけ!のろのろすんな!」(by日暮晴美)
神谷にキレて悪魔と化した日暮の妻。役に入り込むと我を忘れて台本無視とかしょっちゅうという性質を娘に暴かれる。
・「落ち着いてるわよ私は落ち着いてる」(by日暮晴美)
落ち着いてなくてヤバい。完全に目がイッている。
・「ポン!(二回目)」(by日暮晴美)
山之内ゾンビが襲いくる台本だったのに無視して松本逢花を襲う日暮晴美。それを止めようとする神谷に対し必殺の妙技。
・「待て!待ておら!」(by日暮晴美)
追いかける晴美の異常な強さ。「ゾンビに止めさせろ!」と日暮が指示するも細田ゾンビ、山之内ゾンビを蹴り倒していく、さらには夫・日暮監督も蹴り倒す暴走具合
・「痛い痛い!折れる折れる!マジでマジで!一回止めて!!!」(by神谷)
護身術を駆使して暴走を続ける晴美に対し神谷の悲痛の叫び。
・「イヤーーーー!!」「イヤーーーー!!」(by松本逢花)
この間ずっと松本が映され続ける摩訶不思議現象だが、実は晴美の暴走を止めようと全員が奮闘していた。
そしてここで神谷が晴美に倒されそのはずみで最後に使うクレーンを壊してしまう。
・「ポン!(三回目)」(by日暮晴美)
日暮監督が後ろから止めようとしたのを抜け出したときに使用。
・「ポン!(四回目)」(by日暮晴美)
娘、真央も後ろから止めようとしたのを抜け出したときに使用。
・「(小声で)ポン…ポン」(by日暮晴美)
日暮監督に首を絞められてついにダウンする晴美。必殺妙技「ポン!」が不発し、悪魔陥落の瞬間である。
・「ちょっと…長くないですか」(byテレビ局員)
松本がひたすら「イヤーーー」と喚き叫ぶシーンだけが映され続けているのに対するシュールすぎるツッコミ。
倒された悪魔晴美の頭に斧を突き刺すメイキング中。
・「私から離れて!近づかないで!私から逃げて!」(by松本逢花)
決死の思いで晴美を倒した神谷へ放った一言。ゾンビに噛まれ、自分がゾンビになる不安がぬぐえず危害を及ぼさないように逃げる。
・逃げて倉庫に隠れた松本、誰かが近づいてくる。松本は声を出さないように自分の口元をしっかり手で塞ぐ。
「斧を拾って」というカンペだったわろた。カメラがカンペ人を映す事故。
・「あっこんなところに斧が。ついてるわ」(by松本逢花)
なんでそこに斧あんだよ。ついてるってなんだよ。って思うけどカンペゆえのアドリブで笑う。
・「何あれ」(by日暮晴美)
神谷がゾンビ化し、松本が対峙しようとした瞬間、急に起き上がる晴美(斧頭に刺さってるver)が何かを見つける。驚く松本の悲鳴につられ叫んでまた倒れる。
壊れたクレーンの代わりにスタッフたちが組体操ピラミッドしてる様子を見たところだった。
・「愛してる」(by松本逢花)
お願いやめてって連呼してビビってたのに急に開き直って首刎ねる松本。
・「おい何やってんだよ台本通りやれ!」(by日暮監督)
このセリフにより松本から襲われて殺されるが、愛してるの流れからちゃんと台本通り。
最後に
ハプニングがこれでもかというくらい起きるのに、ワンカットで止められなくて全員がアドレナリンを全開にして乗り切っている。小道具の差し替えや血のりなどの絶妙に不自然な点も多々あるが、これも作られている巧妙さ。
ピラミッドになかなか乗れないスタッフに対して神谷が代わりますっていったの良かった。人間としての成長が見られる。裏テーマは人種問題ではなく人間成長だったのかもしれない。決死のピラミッド。ふらっふらでみんな苦しいのにエンドロールが意外に長い。地獄。でもこれはもしかしたら本当に誰も見ていなかっただろうけど、ちゃんとそこまでこだわったの熱い。
無事なんとか乗り切って終わったあと、みんなの笑顔。良かった。ほっこりして泣きそうになった。台本に貼ってあった親子の肩車写真を見て、最後のピラミッドを発案した娘。家族愛。
それにしても無名な映画監督って話だったけど、本当にびっくりした。あの主演の日暮監督がずっと本当の監督だと思っていた。低予算で作成された映画という話だったので、主演のギャラも払えなくて監督自らが主演したって勝手に誤認してた。
ごめんなさい上田慎一郎監督。上田監督は出演していません、それだけはご注意を。この作品が劇場用の長編デビュー作とのことです。今後の作品も楽しみです上田監督。