邦画

『彼らが本気で編むときは、』ネタバレ感想 トランスジェンダーの生き方と恋と家族と愛と

こんにちは、さいちゃん(@saichans_b)です。

本作はトランスジェンダーを演じる生田斗真が印象的なんですけど、僕はトランスジェンダーの人たちのことをほとんど知らずに生きてきたし、周りにそういう人もいなくて。もしかしたらいるのかもしれない。日本のLGBT(レズビアン・ゲイ・バイセクシャル・トランスジェンダー)の割合はある調査によれば10人から13人に1人の割合だそうですから、周りにいてもおかしくないね。でもそんな知識に疎い僕でも本作は最初から感情移入して、胸がズキズキ痛みました。心から観て良かったと思える作品でした。

 

始まってすぐに映し出されるのは、小学生の女の子であるトモ(演:柿原りんか)がひとりで食べているコンビニおにぎりと、ゴミ箱に重なった今まで食べてきたおにぎりの山のようなゴミだ。「あぁ…」と悲しくなる。夜遅く、酔って帰ってきた母親ヒロミ(演:ミムラ)は子どもに見向きもせず布団に倒れこみ、朝もろくに会話しない。そしてそんな娘を完全にほったらかして家を出て男のところへ行ってしまう。トモはヒロミの弟のマキオ(演:桐谷健太)が預かることになり、マキオの恋人であるリンコ(演:生田斗真)と3人での生活が始まる。リンコは心は女、体は男として生まれてきたトランスジェンダーだった。

育児放棄を受けている子ども、無責任で奔放な母親、ロランスジェンダーの生き方、恋。様々なことが僕らに問いかけてくるんです。母とは、女とは、人とは、愛とは、優しさとは、普通とは。

 

以下、ネタバレありです、ご注意。

予告

生田斗真がトランスジェンダーの女性に『彼らが本気で編むときは、』予告編

 

マキオとリンコとトモの3人暮らし、そこにはトモが(おそらくきっと)望んでいたような温かい家庭がありました。リンコはトモを心からかわいがってくれ、手の込んだ弁当を作ってくれたり好きな料理を作ってくれたり、髪を結んでくれたり、編み物を教えてくれたり、そして帰りが遅いと心配になって叱ってくれました。まるで本当の母親のように。

次第にトモはリンコと打ち解け仲良くなっていきます。

しかし、リンコがトランスジェンダーという事実でトモは周囲から腫れぼたのように扱われるようになります。それでもトモは強かったんです。友達の母親からスーパーでリンコと一緒にいるところを見られて「変な人と一緒にいちゃだめ」と諭されたときは洗剤をかけて怒り、学校でいじめを受けても無心に編み物をすることで耐えました。そうして怒りを抑えるようにとリンコに教わったから。

トモは間違いなくリンコが好きです。そして人に迎合しない強さを持っています。だからこそリンコを悪くいう人に反発することができ、理不尽ないじめにも耐えたんです。

 

トモがリンコと打ち解け、そしてリンコとマキオがトモを心からかわいがり、引き取りたいという意思を固めました。リンコとマキオの間にはどうしても自分たちの子どもをつくることができないけれど、トモをちゃんと愛することができる。そしてトモは母親の愛情に飢えている。きっと3人の生活なら幸せだと思います。周囲から理解を得るには時間がかかるかもしれないけれど。

 

だけどそんな折、トモは母親を見かけます。その後ろ姿を全力で追いかけるも見つからず、家に戻っていないやしないかと望みをつなぐもそこに母親の姿はなく、衝動的にタンスの中の母親の服を破り、咽び泣きます。

だらしなくて、奔放で、無責任で、自分の気持ちなど理解してくれないどうしようもない母親でも、トモは心の底から求めているんです。世界に1人だけの母親の愛を。

トモはその日マキオの家に戻るのが遅くなり、リンコに叱られます。そしてつい反発し「本当の母親じゃないくせに」とリンコがもっとも傷つく一言を言ってしまうのです。そして翌日、トモの帰りが遅かったのが母親を見かけたからだということを知り、リンコは戸惑います。結局自分は母親にはなれない、そう思ったのかもしれません。動揺したリンコは外出先で転倒して頭を打ち、念のため検査入院することになります。

入れられた部屋は男性部屋でした。

体も名前も女に変えても、戸籍上は男のまま。このとき、声を荒げて「人権侵害だ」と看護師に訴えたマキオ、そしてリンコ本人より悔しそうにしていたトモに、泣きそうになりました。融通のきかない病院に、そして日本がまだリンコのようなトランスジェンダーへの理解に追いついていないのが悔しかった。

彼らが本気で編むときは、

だから彼らは本気で編み始めます。リンコは自身の男性器を模した編み物を108個つくり、燃やして供養したら戸籍を女に変えると決めていました。もう病院で受けたような屈辱を受けないように、本気で、早く、3人はひたすらに黙々と。それから3人でバスに乗って、どっか旅行でも行くのかなと思ったら一言も会話せず相変わらず黙々と編んでて、着いた場所は海。そこでもひたすらに編んでて、あぁそうか、ここで燃やすんだ。と気づく。それは平和で、幸福な光景。これでリンコは戸籍上も女になる。そしてマキオと結婚してトモを引き取る。

 

そこに突然帰ってくるんです、トモの母親が。

何もなかったようにトモをつれて帰ろうとする母親に、マキオとリンコはトモを引き取りたいと言います。当然のように母親は拒否しますが、「トモをほったらかしにしたのはこれが初めてじゃない」「ちゃんと育てる」という2人の抗議に対しての言葉が「私は母親の前に女」「少し子どもを預けて気を晴らすことも許されないのか」ですから、あまりにも脆く弱い。小さな子どもを残し、傷つけて自分だけが楽しむなどあまりにも愚の骨頂だ。だからリンコの「許されるはずがない、母の前に女の前に、人として愛さないと」というど直球の正論に反論できるはずがないんです。

だから言うしかなかったのかもしれない。でも一番言ってはいけない一言。

「あんたなんて母親でも女でもないくせに」

自分は何一つ母親らしいことをしていないのに、どの口が言えるのだろう。それをトモが怒らないわけがないよね。トモから今まで心に溜めてきた言葉の数々を一気にぶつけられた母親は、何一つ子どもを理解していなかったことを痛感し打ちのめされます。

 

それでもトモはリンコとマキオではなく母親を選ぶんです。2人に愛されるのと同じように、母親に愛されたかったから。このとき、「ママと一緒にいる。でも今日はひとりで帰って」というトモが、どれだけ人の気持ちを考えることのできる優しい子なのだろうと震える。これは自分を置いて出て行き、のこのこと戻ってきた母親にかけた憐れみと救済の言葉であり、そして自分を引き取ろうと本気で考えてくれたリンコとマキオへの感謝と配慮の言葉です。2人の気持ちに応えたい気持ちがないわけじゃまったくないんです。だからせめて最後の一緒に過ごしたかった。

 

物語のラスト、リンコは別れ際にあるプレゼントをします。トモが家に戻って中を開けるとそこには手編みの”おっぱい”が入っていました。手編みのものを母親からもらったことがないというトモに、いつか何か作ってあげるといったリンコがつくったものがそれでした。

思えば寂しいとき苦しいとき、トモはリンコに「おっぱい触っていい?」と求めていました。母性の象徴ともいえるおっぱいを、何かあった時のお守りのようにリンコは作ったのでしょうか。あるいはリンコ自身もかつて母親がくれたそれによって救われたから、トモに自分を重ねたのかもしれません。

 

これまで僕はLGBTに関する作品はいくつかしか見たことがありません。最近観たのは韓国ドラマの『梨泰院クラス』にそういうトランスジェンダーの登場人物がいたり、小松菜奈と門脇麦の『さよならくちびる』くらいでしょうか(門脇麦は本作にも出ていますね)。でも本作を見てちゃんと理解しなくちゃダメなんだと思うようになりました。そういう意味で本当に良作だと思います。

 

しっかしキャストの演技が素晴らしすぎたなぁ。生田斗真の女装、男前がゆえに流石に綺麗だし、ひとつひとつの言葉も仕草も丁寧でよかった、マキオがひとめぼれするのもわからんでもない気がしないでもない。ただマキオはリンコが男だと言われるまで気がつかなかったらしいけど、カイの母親(演:小池栄子)は一目で気づいていたから、一応わかりやすい設定なんだろうね。マキオが鈍感なのかな?ちょっとそこだけ引っかかりました。

 

ソラニンとかもそうだけど、桐谷健太の出る作品だいたい泣いてしまう。リンコへの「すべてを受け入れます」と優しく言うときとか、看護師への「納得がいきません」と声を荒げるときとか、超グッときた。一番よかったのは、トモを引き取りたいと最初に言ったのはリンコだけど、それをトモ自身やトモの母親にいうときはマキオが自分が主体的のように言い出したこと。これはリンコが元は言い出したことを言ったら、リンコが心底かわいがってくれていることに対しトモが負担に感じると思ったからじゃないかな。リンコ自身もおこがましいのではと引っかかっていたかもしれないから、その配慮もあると思う。マキオまじで優しすぎる。こんな優しい男もうどこにもいないからね、リンコは絶対離しちゃダメですね。

 

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