邦画

『真夜中の五分前』【ネタバレ・感想解説】最後のワンシーンに心震える

こんにちは、さいちゃん(@saichans_b)です。久しぶりにすごく素敵な映画を観ました。何度でも何度でも観たいくらい好き。あまり知られてない作品だと思うんですよね、自分も人に教えてもらうまで知らなくて、この人が言うなら間違いないだろうって人におすすめしてもらったんですが、本当に観てよかった。静かに流れる時の中で、時計の音と美しい音楽が胸を打ちます。

 

あらすじ

上海で時計修理師として働く良(リョウ、役:三浦春馬)はプールで見かけたルオランに出会い、双子の妹であるルーランへの婚約プレゼントを選んでほしいと頼まれたことをきっかけに仲を深め恋におちる。ある日、ルオランとルーランは二人で旅行に出かけ、海難事故で一人が命を落とす。帰国したのはどちらなのか、周囲は愛の迷宮に迷い込む。今日から明日にかける五分前、時計の鐘が鳴り響く。

 

予告

映画「真夜中の五分前」予告篇

 

『GO』の行定勲監督、主演は三浦春馬、そしてリウ・シーシー。繊細に流れる時の中で、この美しい二人が絶妙に溶け合っていきます。リウ・シーシーはこの作品で初めて知ったんですけど、めちゃくちゃに綺麗。一人で二役の双子を演じているのですが、まとう雰囲気や表情で二人を明確に分け、そして逆に分けず惑わせる、すばらしい演技でした。でも日本ではあまり知名度が高くないためにそこまで流行らなかったのかもしれません。すごく勿体ない。だから今度から映画のオススメを聞かれたら迷わず『真夜中の五分前』と答えて本作の布教活動をしていきます。

 

さて、この作品の最大の謎である生き残ったのは双子の姉なのか、それとも妹なのかという問題。これは初見では非常に難解です。そもそも双子自身が自分の記憶ともう片方の記憶とが交錯してしまっているため、周囲の人、引いてはこの映画を観ているすべての人がすべからく混乱してしまうからです。

以下、自分なりの考えを綴りながら解説していきます。盛大にネタバレしますのでご注意。本作はとてもオススメな映画なので観てない人はぜひ観てから読んでいただければ幸いです。

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結論から言うと、生き残ったのは?

いきなり結論ですが、生き残ったのは妹のルーランです

この作品は最後の最後までどっちなのか明確にわからないまま終わるので、モヤっとしてしまう人もいるかもしれません。ですが、生き残ったのはルーランです。

そもそも自分はルーランだと言っている

事故後、目を覚ました彼女はティエンルンの手を握りました。そしてその後もあたりまえですがルーランとして生きています。ルーランなのですから。

二人が事故にある前の印象を述べますが、姉のルオランは清楚でおしとやか、物静かな印象をもつ女性でした。それに対し妹のルーランはしたたかで強気、小悪魔のような印象の女性。双子で顔はそっくりですが、表情や印象で見分けがつきます。

ですが、事故の一年後にリョウが出会ったルーランは、まるでルオランのような雰囲気になっていたのです。勝気で、プライドが高そうなルーランの印象はありませんでした。さらにルーランは別人のように迫真の演技をするようになり、ティエンルンとルオランの話をするとき「私」と言ったり、自分のことをルーランと客観的に言ったりするようようになりました。本人にしか自分の区別がつかないくらい似ている双子です。しかしルーランもルオランだと疑われるようになると次第に自分はルオランじゃないかということさえ考えるようになって、混乱しているのです。昔から服を交換して入れ替わったり、服の趣向が同じだったりすることで、自分は果たして誰なのか、そんなアイデンティティを明確にできない感情がありました。これはルオランもルーランも同様です。

これらによってティエンルンは次第にルーランをルオランだと疑うようになります。一度疑ってしまえばもう永遠に拭えない一抹の不安と戦い続けなければなります。そしてその疑いの種は次第にどんどん育ち、自分の中で抑えられないほど大きくなってしまう。些細なことも、二人の中で共有した思い出さえも信じられなくなります。

ティエンルンがプレゼントした服をルーランが持っているのは?

両親とティエンルンとの会食で服を選ぶときティエンルンが買った服を「俺が買ったろ?覚えてない?」と疑うように聞いてきたため、これ以上疑われたくないルーランは話を合わせて「そうだったわね」と返したました。この返し方は非常にぎこちなく、不自然でした。もし本当に買ってもらっていたら、疑いを晴らすためその時のことを詳細に話すでしょう。ですがプレゼントをもらったのはルオランだった(正確にはティエンルンがルーランと勘違いしてプレゼントした)ため、ルーランは買ってもらっていないのです。じゃあなぜ同じ服を持っているか? ルーランが自分で買ったのです。

母がルオランの物を整理していたらルーランが着ている服と同じもの(ティエンルンがプレゼントした服)が出てきて「あなたたち本当に同じものを選ぶのね」と言い、考えるように「そうね…」と返すルーラン。ここでルーランは、ティエンルンがプレゼントしたのはルオランだったことに気づきます

試写会に行った記憶がないのは?

ティエンルンが作った映画をモーリシャスに行く前に試写会に行ったじゃないかと問われる、記憶がないルーラン。それもそのはず、これはティエンルンが勝手に思い込んでいるだけです。リョウとルオランが映画デートをしようとしていた日(実際は遅れて観れなかった)、ルオランは(ルーランと勘違いした)ファンに囲まれてしまい、その窮地を(これもルーランと勘違いした)ティエンルンが救うのですが、考えてみてください。なぜティエンルンが映画館にいたのか? 偶然居合わせただけでしょうか、いいえ、試写会が上映されていたからです。ティエンルンはリョウの姿を見ていません、ファンに囲まれているルオランだけを見て、「ルーランが試写会を観にいってくれてたんだ」と思ったはずです。ルーランが行くかどうかはさておき、ティエンルンはルーランに試写会の上映を教えていたのでしょう、だからこそあの場にルーランがいたのだと勘違いしたのです。実際にはルオランだったのですが、ルオランが一切否定しなかったため、そのまま服をプレゼントしたのも試写会に行ったのもルーランだとずっと思っているのです。

 

ルオランはなぜ否定しなかったのか?

ティエンルンがルオランを車に乗せた後、「有名になったな」「これも洗礼だよ」とティエンルンが自分をルーランと勘違いしていることに気づいたルオラン。否定するタイミングを逸してしまい、そのままプレゼントを受け取ってしまいます。あまりにもぎこちなく不自然な対応ですが、先ほどファンに囲まれたショックでルーラン(本当はルオラン)が動揺していると思っているティエンルンはまったく気づきません。

そしてルオランは、またアイデンティティの迷宮に迷い込んだのです。ルーランの婚約者であるティエンルンでさえ自分がルオランだということに気づかなかった。私は誰なんだろう。ルーランと私の違いはなんなんだろう。

ここで唐突のように感じますが、ルーランとモーリシャスへの旅行に行くことになります。教会でルーランの幸せを祈っていますから、婚前のルーランとの姉妹水入らずの最後の旅行の目的だったでしょうし、ルオランは自分が誰なのか、妹との旅行によって確かめたかったのかもしれません。ちなみにモーリシャスはアフリカ東部に位置する東京都くらいの大きさの島国です。

 

ティエンルンがプレゼントした服も、試写会に行ったのもルオラン(実際には行っていない)だということに気づいたルーランは、ティエンルンの誤解を解くため二人の思い出を必死に共有しようとします。しかし、完全にルオランだと疑っているティエンルンには二回目のデートで失敗したお店のエピソードも「下手なセリフだな」と吐き捨てる始末。「おまえ(ルオランを指す)はルーメイから聞いた話をしているだけだ」と。ルーメイは強いショックを受けます。自分はルーメイではないのか?

 

ルーランではない?と自分自身さえもわからなくなる

ルーランは最愛のティエンルンに信じてもらえてなかったことで失意のどん底に落ちます。

泳げないことを確かめるルーメイ

自分がルオランと違う決定的なことが二つあり、一つが泳げないことです(もう一つは傷跡です、後述します)。ティエンルンに出て行かれ苦しむルーランはプールに飛び込み溺れそうになり、泳げないことに安堵します。「よかった、泳げなかった」と。ルーランはルーランだから泳げないのです。

小さい頃、窓を割ったのは?

ルーランはリョウに小さい頃の記憶を語ります。ある日ルオランに服を取り替えようと言われ、面白いから従ったら母に突然怒られたと。ルオランが窓に石を投げて割ったのを自分のせいにされたと、でもルオランはしていないと否定したと。ここで冒頭のシーンを思い返します。赤い服を来た少女が窓に石を投げるシーンが映り、青い服の双子の少女に急いで服を取り替えっこしようと言い、直後に母親に怒られて連れて行かれる記憶。直後にプールに浮かぶルオランが映るので(ルーランはカナヅチで浮かべないからルオラン)、つまりこの幼少期の記憶はルオランのもの。ルーメイは窓を割った犯人(ルオランと思っているが)を正確には知らないことになりますから、窓に石を投げる記憶があるわけがありません。

よって、小さい頃に窓に石を投げて割ったのはルオランです。

ブランコから飛び降りたのはどっち?

これもルーランが言う通り、ブランコから飛び降りたのもルーランです。ルーランには傷跡がはっきりとありますが、ルオランの傷跡は誰も確認していません。ルオランは記憶が交錯しているため(ルーラン曰く入れ替わっている)、ルーランが飛び降りたのを自分だと勘違いしているのです。映画鑑賞者はルオランが「私が選ぶ人生はすべてルーランに奪われる」と語り、ブランコから飛び降りたのも自分だとリョウに語るので同情せざるを得ないのですが、これは観る人を混乱させるためのものです。

 

“お前はお前のままであろうと努めよ”

ポルトガルの詩人、ペソアの詩

「誰も他人を愛することはない 他人のうちにいる いると思っている自分だけを愛する 愛されないことを悩まなくていい 人はお前を他人として感じたまでだ お前はお前のままであろうと努めよ そうすれば愛されようが愛されまいが わずかな苦しみを被るだけだ」

このペソアの詩を読んだルーランは、何かを感じたように窓を見上げます。リョウが海難事故のラジオを聞いた時に、光が差し、蝶が飛びだった窓を。あの蝶はルオランがリョウへのお別れを言いに来たものだったのかもしれません。よって、このシーンはルオランとの本当の意味での決別を意味します。自分がルーランなのかわからなくなっていたけれど、もう悩まないと、自分はルーランなのだからルーランとして生きるんだと。

ロザリオの真意

今度は一人でモーリシャスを旅したルーランは、協会でルオランがつけていた時計が置いてあることに気づきます。ルーランはルオランが自分にくれたロザリオをここで腕時計と交換した事実に気づきます。

この時計はリョウがルーランにプレゼントした、五分遅れの腕時計でした。ですが、ルオランはモーリシャスの旅で「五分前でも五分後でもない”今”を生きたい」と手紙に綴っています。よって時刻を五分遅れではない今の時刻に戻したのです。ルーランが発見した腕時計はすでに正確な時間に戻されていたはずです。

 

今日と明日をつなぐ五分間

モーリシャスから戻ったルーランは、リョウの時計店に腕時計を戻しに行きます。何かの気配に気づいたリョウは時計を発見し、ルーランの後を追います。夜の12時の鐘が鳴り響く中、腕時計の時計は元に戻っていて、ルーランが振り返り見つめるところで物語は幕を閉じます。こで映画を観た多くの人もルオランなのでは?と思うかもしれませんが、それはそういう風にわからなくさせるためのものです。時刻はもともとルオランが元に戻していたのをルーランがのちに手にしただけです。

 

服を交換してもルオランはルオランで、ルーランはルーランだった。双子に生まれてよかった、私は今を生きていくと綴っている。それなのにルオランがルーランと偽って生きるわけがないのです。

 

「中国では時計は贈らない」の伏線

中国では「時計を贈る」と「死を看取る」は同じ発音であることから、時計を贈る慣習がありません。リョウはルオランに腕時計を贈ったことは、ルオランの死を暗示しているものだと思います。ルオランはリョウが選んでくれた置き時計をルーランに贈っていますが、ロザリオによってルーランは死を免れたのです。

 

辛すぎるリョウの心境、最後の望みは…

リョウはかつて付き合っていた女性を失っています。そしてようやくルオランという素敵な女性に巡り合ったかと思えば、またもや彼女を失ってしまう。その心境は想像を絶するでしょう。一縷の望みを抱きモーリシャスの病院に駆けつけ、目を覚ました彼女はティエンルンの手を握る。生き残ったのはルーメイだったのです。それを一年後にティエンルンはルオランじゃないかと疑う。そんなことない。仮にそれが事実だったとしても、じゃあなぜルオランはルーランとして生きているのだ、自分ではなくティエンルンを選んだんだと葛藤して苦しんだでしょう。

物語はルーランと見つめあって終わっています。その後の展開はきっと、ルーランとして彼女を大切にしていくんじゃないかな。そうであればいいと思います。

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▼『真夜中の五分前』と同じ行貞監督の作品『劇場』、『ナラタージュ』も感想を書きました。ぜひ。

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